デジャブ
コーヒーと牛乳とココアを混ぜるとカフェモカっぽくなるから最近家では専ら似非カフェモカ。もっぱらって専らって書くんですね・・・。パソコンで文字を打つようになって漢字がわからなくなった。・・・って、それは前もそんなに変わらなかった 笑。もっと字を書こう。コーヒーも本当はちゃんとコーヒーメーカーとかドリップとかしちゃったりして(よく意味わかってない)コーヒーの良い臭いに包まれたい。ストレス解消にもなる気がする。でも、ちょっと前に桃の臭いのフレグランスオイルを買ってアロマコインに垂らしてご満悦なんですけど、その臭いと混ざったら問題ですね;D
イラストを描いているとき、なんだか口寂しくて、最中にだいたいお手製カフェモカ飲んでるんですけど、そのせいかコーヒーや牛乳がすごい勢いで減っていきます。僕もし喫煙者だったらきっとすごいヘビースモーカーだったと思います。それ飲みながらやっぱり他所のブログを見たりしてるんですけど、日付が7月2日になっていて、昨日7月に入ったことに気づいたはずなのに、それなのに、あれ?とか思ってしまった。あ、そうか・・もう7月だった、と。
子供のころ、小学校に行く前に引っ越してしまったある女の子がいました。小学生の間はすっかり忘れていたんだけど、中学生になってある喫茶店の前を通ったとき、ブワッと記憶がよみがえって、その子は、この喫茶店の子だったって思い出した。もちろん引っ越したんだからもういるはずないけど・・・ってそんな話をある日母親にしたら「そんな子いなかったよ」って言われた。友達に話しても誰も知らないって言う。じゃー僕の記憶の中にいたあの子は誰なんだろう・・・。ときどき視界に現れる小さな虫、目で追うと逃げるその虫は本当は存在しない飛蚊症の症状なんだけど、飛蚊症だとわかっていても、何日か経つとまた忘れて虫だと思ってしまう。その記憶の中の女の子も、本当はいないのに勝手にいるって思い込んで、それを繰り返すうちに本当の記憶になってしまったのかな。それでもときどき、あの子は本当に存在したんじゃないかって思うんですけど。
記憶のお話、おもしろいですね。
わたしは子供のときに、
大人からしたら
ありえない記憶が何個かあります。
30センチくらいある蜘蛛を見たとか
広場を覆うくらいのトンビを見たとか。
今でもわたしは確かにあったと思ってます。
それとは逆にこの世は
あると思っているものさえ
幻だとも思うんですよ。
記憶も現実も幻
あるいは
すべて存在している。
宇野さんの
そのどちらともとれない記憶が
甘美でいいですね。
人間の記憶ってすごく曖昧ですよね。
例えば何年も前の出来事、頭の中で本当に怒ったって信じていたら
それが実際に起きた事かどうかなんて問題じゃないような気がしますね。
僕の女の子の記憶も、licacoさんの蜘蛛やトンビの記憶も、
頭が本当だって認識しているんだから、それは事実なんだろうな、と。
それにしても広場を覆うトンビというビジュアルは良いですね・・・
大きすぎて一瞬何か理解できないような鳥、すごい強烈なイメージです。
もしかしたら今もそのへんに本当にいるけど、
みんな見えてないっていうように脳が認識しているのかもしれないし、
すべて幻で、でも存在しているって、そんなことを思いました。
まさに、パラレルワールドですね。
現実世界に意識を集中させているから
そこしか見えていないだけで
少しずらせば、違う世界が広がっていますよね。
unoさんの、写真にイラストをプラスした世界は
パラレルワールドを彷彿とさせて面白いです。
パラレルワールド、大好きな言葉です。
日常生活でも月に一回は声に出してるかも。
藤子不二夫のパラレル同窓会とか実際に在ったらどんなに楽しいか・・・。
自分の中の小さいズレとかを作品に込めたとして、
でもきっと見る人はそんなの気づかなかったりしてまたそこにズレができて、
そのズレの度に世界が生まれてるって思うと不思議な気持ちになります。
確かに、写真とイラストの関係って、現実と虚構のような関係だったりまさにパラレルワールドですね。